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                          fujico overdrive  
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fujicoバンドヒストリー
(文:Nakayama)

2004年12月
the good mornings解散。
メンバーであったNakayama、Midorikawaで「morning after」(二日酔い)
という名でバンド結成。
責任感溢れるNakayamaを中心に、と言うか隠居を決め込む無責任一代男
Midorikawaを尻目にNakayamaだけでメンバー探しを始める。

2005年1月〜6月
数人と音合わせするもぴんと来ず・・・嫌気が差したNakayamaが匙を投げ、
morning afterあっけなく活動停止。
「もーねー、ホント、やってもやっても上手く行かなくてねー。
技術があっても相性合わないと駄目なのよねー、やっぱ・・・」と改心したNakayama、
次回のメンボの際には、技術云々じゃなくて相性が良さそうなヤツ(若しくは下僕)と
気楽にやろう、と心に誓う。

2005年8月
Nakayamaが普段覗かない某大手メンボサイトで
(登録するだけで「info」で始まるおちゅけべなメールが大量に送られてくるおまけ付きのナイスなサイト)
偶然TakaYukiの投稿を見て声をかける。
声をかけた理由を問われたNakayama
「フュージョンとピストルズが好きな奴の顔が見てみたかったから」と答える。

2005年8月
Nakayama、Midorikawa、TakaYukiで音合わせ。
初めてNakayama、Midorikawaと会ったTakaYuki、
「日本語は話せますか?」とNakayamaに聞き、危うく喧嘩になりかける。
TakaYuki「死体運搬機」持参で登場。
「いや・・・そんな・・・僕等それ程真面目にやってる訳じゃないんで・・・
そんな大それた機材使う人とはちょっと・・・」とリアルな温度で
Nakayama、Midorikawaが引くも目出度くバンド結成。
(この日以降「重い機材を持っている人が一番偉い」と言う法律がバンド内で出来る)
「ワルサー・P38」と名乗るもバンド名の評判類を見ない程悪く、
Nakayamaの「殺人リスト」がいっぱいになる(ビッグなお世話だ馬鹿野郎!)

2005年8月
Nakayamaが普段覗かない某大手メンボサイトで
Xobixの投稿を見て声をかけるも断られる(・・・・・・・の野郎)

2005年9月
「やっぱりやってやってもいいぜ」と改心したXobixを交えて音合わせ。Xobix加入。
因みに、Xobix初日から遅刻の大物っぷりを発揮した上、紫君持参で登場!
その有り得ない色彩感覚にリアルな温度で周囲が引く。
因みにfujico加入前に参加する筈であったバンドから「君のギターはちょっと・・・」と
言われたらしいが、音ではなく色の事であったとの説が有力視されている。

2005年9月
評判が悪かったバンド名をfujico overdriveに改名するも問題解決には至らず。
バンド名を言う時に気恥ずかしさを覚えるようになる。

2005年10月
宇宙との交信に成功したXobixのGtがいきなりハイパーになる。
同じ時期にXobixが「オ○ニーの回数だけは誰にも負けません!」
という要らないカミング・アウトをして周囲が引きまくり、バンド崩壊の危機を迎える。

2005年10月
普段使用しないスタジオ「代々木音楽館」で練習。
マピオン、スタジオHP記載の地図を事前に配布するも、
方向音痴のファンタジスタXobix、TakaYukiが自信たっぷりに逆方向へ進み遅刻した為、
練習開始時間が大幅に遅れる。

2005年11月
「ギターが重くて嫌」と思春期の娘さんの様な理由でNakayamaがGtをテレッチに変更。
練習当日に買ってくると言う暴挙をし(しかもご丁寧に試演もせずに購入だ)
練習中12フレットの位置が分からなくなり(ホント分かり難いんだって)
ソロで壊滅的な失敗をする。
自分に限りなく甘く他人には理不尽に厳しいMidorikawaの鉄塊で殴られそうになり、
二度目のバンド崩壊の危機を迎える。
(因みに紫君の所有者がテレッチを見て「うおおおお!格好良いですね!」と発言。 常々紫君の所有者の色彩感覚に疑問を持っていたNakayamaが自分のセンスを疑い始める)。

2005年11月
Xobixが新宿の某DVDショップで仕入れたとってもいけないDVDを
TakaYukiに横流しし小銭を稼ぐ。
この時を境にXobixとTakaYukiが義兄弟の契りを交わす。

2005年11月
パスポート更新の為、久々に見た免許が失効している事に気付いたXobix、
余りのショックで上記ショップでとってもいけないDVDを大量に購入し散財する。
心に蛇を飼う他のメンバー、Xobixの免許失効に大いに受ける。

2005年11月
ぶっつけ本番で自動車免許実技試験を受けたXobix、
周囲の期待通り5秒で失格。
「停止線って止まれって意味だって何処に書いてるんだよ!」と
試験官に詰め寄る一幕も。

2005年11月
6畳間に住むXobix、月からでも見える巨大なTV(しかもブラウン管)と
5.1サラウンドシステムを購入する。
この日より、近隣住民が「あんあんあんあんあんあん」という声に
日夜悩まされる事と成る。

2005年11月
二度目の自動車免許実技試験を受けたXobix、
周囲の期待通り2秒で失格(シートベルトの締め忘れ)。
「俺を縛り付けようったってそうは行かねぇ」と強がるも「なめ猫」の免許証を
悲しげに見つめる姿が秋葉原・メッ○サンオー・カオス館で目撃される。

2005年12月
Xobix、免許を取れない怒りから「ネオン・ドライブ」を作曲。
「曲作る暇あったら実技練習した方が良いんじゃないか?」と
親心で言ったNakayamaと殴り合いの喧嘩となり、三度目のバンド崩壊の危機を迎える。

2005年12月
Xobixご用達のとってもいけないDVDを売る新宿の某ショップに手入れが入る。

2005年12月
三度目の自動車免許実技試験を受けたXobix、
「進入禁止」の看板に何故か興奮し進入、見事失格。
「誰を俺を止める事は出来ねぇ」と強がるも、帰宅後自殺サイトを閲覧。

2005年12月
四度目の自動車免許実技試験を受けたXobix、
手入れが入った新宿のショップで仕入れたとってもいけないDVDを賄賂に免許を取得。
酒の席のネタを奪われた他のメンバーは大いに落胆する。

2006年1月
「バンドのHPを作る!」という名目でXobix宅にTakaYuki訪問。
HP作成そっちのけで両名の趣味であるゲームに没頭。完膚なき迄に叩きのめされたTakaYukiがXobixと大喧嘩。Xobix「弱いってのは悪ですね」との名言を吐く。
四度目のバンド崩壊の危機を迎える。

2006年2月
Xobixに口車にまんまと乗っかったTakaYukiがXboxを購入。
死に行くメディアを愛でる神経が全く理解出来ない
Nakayama、Midorikawaとの間に微妙な距離が生まれる。

2006年2月
TakaYuki、自転車をモディファイし、死体運搬機をサイドカー仕様に。
「これでジムカーナ出ますよ、楽勝っすよ」

2006年2月
「太陽と道化師」レコーディング。
スタジオ備え付けの年代物MTRで一発録り。
全員見事にてんぱり大失敗。
出来上がりに満足はしていないものの、
アバウトな集団故「出来たもんは出そーぜ!いぇーい!」と言う事になる。
偶々居合わせたsummer solsticeの太田、立野の二人に無理やりコーラスをさせる。

立野「え、だって僕曲しらないっすよ」
中山「馬鹿野郎!覚えろ!二秒で!」
立野「そ、そんな・・・勘弁して下さいー」
中山「観念して歌え、この韓流面!」
立野「やだーやだーやだよー・・・」
中山「おら、始まったぞ!歌え!」
(この出来事は後に「summer solsticeのカノッサの屈辱」と呼ばれる事となる)

その後の飲み会で、5人の酒乱が3時間でビール26杯、サワー8杯、日本酒10杯飲む。
焼き鳥定食と烏龍茶しか口にしていないNakayamaの負担金額が¥7,000-となり
(ジャイアンみたいな連中と飲みに行くと大体こうなる)
Nakayamaぶち切れ、メンバーと血を血で争う戦いとなる。
(この出来事は後に「fujicoの血の日曜日事件」と呼ばれる)

2006年2月
適当なミックスで仕上げた「太陽と道化師」の出来に全員落胆。

2006年2月
完璧主義者のTakaYuki、自分のプレイに納得出来ず自家中毒に。
過去、現在、そして間違い無く未来においても「自分を疑う」事を
全くしない他のメンバー、TakaYukiの心情全く理解出来ず。

2006年3月
天才ミキサーNakayamaの神業で「太陽と道化師」が何とか生き返る。
CDのおまけにとってもいけないDVDを売る新宿の某ショップで
Xobixが仕入れたブツを付けようと画策するも、「どう考えてもそっちがメインになる」と
冷静な意見を言ったMidorikawaに誰一人反論出来ず断念する。

2006年3月
Xobix、TakaYukiの珍コンビによる「太陽と道化師」のジャケット完成。
「中身よりもジャケが良い」と言う評判に全員が納得。

2006年3月
梅島はYukotopiaでデビュー・ライブ。
楽曲は以下の通り。

・太陽と道化師
・月とサムライ
・箱庭の謝肉祭
・マイニチ
・ネオンドライブ
・ワーカホリック
・船旅の空
・砂漠の子宮
・飛ぶコツ

「僕は緊張しません!」と豪語したビックシーもびっくしーする程緊張するなど、
全員が見事にてんぱりまくり全部の曲が早いの何の・・・
まぁ、それでも楽しく演奏出来たんで良しとする・・・と言うかもう知らん。

当日が初ライブだったTakaYukiとビクシー(実は虚偽報告であった事が後日暴露される)
の足を一生懸命引っ張ったベースの大先生が、
事前に約束されていた「一番失敗した虚け者がメイド喫茶に行く罰」を
受ける事となる・・・
が、本気で行かせると冥土に行く事となりそうなので、
「録音担当」の役職を引き受ける事を条件にメイド喫茶行きを免れる・・・
が、担当者の自覚が皆無故本気で冥土に行かせてやろうと後日Nakayamaが考え始める。

雨女のNakayamaの義妹が見に来てくれたお陰で当日は勿論大雨。

楽しい打ち上げの後、某O君がNakayama家に乱入。
老体に鞭打って徹夜で接待したNakayama、翌日ぶっ倒れる。
(ぶってもぶっても出て行かない辺りにO君のロック魂を垣間見る)

2006年4月
summer solsticeの企画ライブに誘われ大いに喜ぶのも束の間、
「トリでお願いします」とsummer solsticeのベースのずん氏に言われ
全員冷静を装うも焦りまくる。
あ・・・そう言えばデビュー・ライブで一番失敗したベースの大先生だけは
「トリでも良いじゃん」と言ってたなぁ・・・お前が言うなお前がっ。
その後、Nakayamaが呉の周喩を動かした諸葛孔明並の大論陣を引き、トリを免れる。

2006年4月
ビクシーの粋な計らいで「焼肉のさかい」にて内輪でのライブの打ち上げ。
暴飲暴食の限りを尽くす。
この場でビクシーが実は過去にLive経験がある事が暴露され、ビクシー逆切れ。
器の小ささを露呈する。
場所が秋葉原に近かった為、TakaYuki、ビクシー、ビクシーの友人イマムーが
背景に溶け込み保護色と化す。

2006年4月
ビクシー脱退の危機を迎えるも何とか回避。

2006年5月
summer solsticeの企画ライブ迄日が無い為、
Nakayamaが練習の予定を組もうとするも、
ピストルズ並に明日の事など考えられない馬鹿共が揃った
fujico overdriveのメンバー故、調整は難航を極めるも、
(都合が悪かったら明日の午前中迄に連絡頂戴ね、と態々BBSにまで書き込んだのにビクシーから返信が来たのは午後二時過ぎ・・・)
Nakayamaによる強権発動で取り敢えず予定が組まれる。

・・・ホント、順調に話が進む方が珍しい・・・ハァ。

今後、最も週末に予定を入れがちなメンバーに
スケジュール調整をさせようとNakayamaが目論むも、
自己管理が出来ない連中に他人の管理なんて出来る筈も無いと諦める。

2006年6月
企画ライブまで日が無いぞ!と言う焦りを微塵も意識しないばかりか、
挙句の果てに新曲4曲やりましょうそうしましょうと言う
大雑把でフランクザッパな練習していたらもーメタボロ・・・。
以前ちゃんと固めていた曲迄ボロボロになっていく様は当に圧巻、日本沈没。
見事な駄目っぷりに清々しさを覚えるようになる・・・って、
拙い拙い拙い拙い拙いよ!
「ま、なんとかならーな」と言う無責任なメンバーを責任感あるリーダーが
スポンジと錆びたスパナで殴り付け、
(意味が分からない人はThe Smithsの「The Queen Is Dead」聞きなさい)
未完成のビクシーの曲を取り敢えずライブ終了まで留保し、
固まりつつある曲に注力しましょうと提案。何とか纏め上げる。
(リーダー当人がライブ当日まで歌詞をちゃんと覚えていなかった事はこの際横に置いておく)


2006年6月
「音楽の街かわさき」の企画に洒落で「太陽と道化師」を出したら
5月月間ランキング11位と言う微妙である意味滅茶苦茶リアルな結果が出る。
一位は・・・なんかその企画団体のスタッフさんだったりして・・・。
川崎市のロックンロール・スウィンドル振りを垣間見る。


2006年7月
サマソル企画「Good bye & Good Luck」に出演。詳細はリーダーのBlog参照。
http://myhome.cururu.jp/fujicooverdrive/blog/article/91000088771


2006年7月
レコーディング機材を買いましょうそうしましょうと言う事に成り、
MTRをバンド・ファンドから購入。購入担当者に因んで「物欲君」と命名。
エレドラでオケを作りたいと無謀極まりない主張をした購入担当者
TakaYuki宅に設置する事とする。が、これは表向きの理由で、
1:リーダー宅に保存すると超ドSのリーダー夫人が質屋に売却し
小銭を稼ぎ「知らない」と白を切る危険がある、
2:ベースの大先生宅に保存すると面倒事が大嫌いな大先生故、録音に支障が出る
(練習場所の一番近くに居を構えるくせにMTRを持って行くのが面倒だと言い出す・・・etc)
3:ビクシー宅に保存するとなんかこうべとべとしそうで嫌だ、
が本当の理由である。・・・かと言って
4:取り敢えず機械は触ってみたくなるTakaYukiが変な操作してぶっ壊す危険、
はメンバー全員薄々感じてはいる・・・。


2006年7月
前述の「音楽の街 かわさき」を企画する団体から
「良かったら我が社企画の無料野外ライブに出ませんか?」との
有り難いお誘いのメールがベースの大先生宛に届く。
ベースの大先生はメンバーに転送する際に
「なんか此処までしつこく声掛けて来ると
霊感商法なんかやってる団体みたいに思えてくるぜ」と書いた・・・ら!
誤って団体当人に返信してしまうと言う快挙を成し遂げる。
結果は言うまでも無く落選。「あのメールの所為かなぁ?」と
オウンゴールにすっ呆ける大先生。
向こうから声掛けて来てくれているのに落選した理由が
他に考えられるのなら是非聞かせて頂きたいものだ。


2006年7月
リーダーが会社の先輩からフェンダー・ジャズマスターを頂戴する。
真っ赤な色(オールド・キャンディ・アップル・レッド)から「レーニン君」と命名。
紫君と対を成すギターとして期待されるも
バンド・サウンドに全く合わず練習一回であっけなく共産主義崩壊。
「労働者諸君、すまん」。ってな訳でテレッチ君が返り咲く。


2006年7月
ビクシーの粋な計らいPart IIで「焼肉屋さかい」でサマソル企画の打ち上げ・・・。
詳細はリーダーのBlog参照。
http://myhome.cururu.jp/fujicooverdrive/blog/article/91000171110


 
 
                             
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